大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(行コ)1号 判決

控訴人 小林茂

被控訴人 福井県公安委員会 ほか一名

訴訟代理人 中村三次 木沢慎司 西川勘次郎 ほか四名

主文

1  原判決中、被控訴人福井県公安委員会に対する請求に関する部分を取消す。

2  被控訴人福井県公安委員会が控訴人に対し昭和四九年四月一二日になした自動車運転免許停止処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。

3  控訴人のその余の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は控訴人と被控訴人福井県公安委員会との間では第一、二審を通じ、控訴人に生じた費用を二分してその一を被控訴人福井県公安委員会の負担とし、その余は各自の負担とし、控訴人と被控訴人福井県警察本部長との間では当審訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「1原判決を取消す。2主文第2項同旨、3被控訴人福井県警察本部長が控訴人に対し昭和四八年一二月一七日付でなした自動車運転免許停止処分を取消す。4訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは「1本件控訴を棄却する。2控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実欄記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決第七丁裏末行の「表示していた。」とある次に「もつとも、右停止線は道路交通法第三二条第一項に規定する停止線ではない。」を付加し、同第八丁裏四行目の「異議の申立」とあるのを「不服の申立」と訂正する。

2  (控訴人の新たな主張)

(一)  裁決の違法について

(1) 被控訴人公安委員会が本件停止義務違反の事実を認定したのは口頭審理前の現場踏査の結果に基づくものであるが、本件現場踏査に公安委員が一人も加わつていなかつたことは疑う余地がない。このように公安委員が自らは直接関与しない手続によつて事実を認定することは、審査請求の審理においてはきわめて重大な手続の瑕疵である。

(2) かりに、行政不服審査法第三一条の規定により審査庁の職員が現場踏査をなすこと自体は許されるとしても、本件現場踏査が適法に行なわれたとは言えない。すなわち

(イ) まず、本件現場踏査が被控訴人公安委員会の指示によることは否認する。

(ロ) 次に、本件現場踏査を実施した者は被控訴人公安委員会の職員ではないから同条に違反する。それは、本件現場踏査の記録である〈証拠省略〉によると実施者名の記載については被控訴人公安委員会の職員との表示はなく、福井県警察本部職員のほか大野警察署職員の表示があるのみである。これらの警察職員の中に被控訴人公安委員会の職員たりうる者が混在しているとしても、本件現場踏査が被控訴人公安委員会職員としてなされたものでないことは疑う余地がない。

被控訴人公安委員会は現場踏査実施者のうち大野警察署の職員は立会人または補助者であるという。たとえば〈証拠省略〉中の現場写真が大野警察署員によつて撮影されたことは被控訴人委員会も認めるところで、これを補助者であるという。しかし、行政不服審査法第三一条自体が例外的な手続を規定したものであるところ、さらに補助者による現場踏査を認めることは手続の適正に反する。

(ハ) 被控訴人公安委員会は、福井県公安委員会規則第一〇号によつて福井県警察本部は被控訴人公安委員会の事務局たる性格を有するから、県警本部職員は被控訴人公安委員会の職員であると主張するが、右主張は争う。

警察法第四四条の規定からみると、道府県警察本部が処理しうる道府県公安委員会の事務は庶務に限られるものであつて、正当な手続の保障を必要とする行政不服審査手続に関する事務を含まないものと解するのが相当である。

被控訴人公安委員会が挙げる福井県公安委員会規則第一〇号「福井県警察の組織等に関する規則」中の第六条(7)、第一三条の三(1)、(2)、(4)はいずれも県警察本部長の事務の内部分掌に関するものであつて、行政不服審査庁としての被控訴人公安委員会の事務に関するものではない。すなわち、同規則第六条(7)にいう事務は審査請求人の対立当事者としての事務処理を指し、同第一三条の三(1)、(2)、(4)はいずれも福井県公安委員会規則第七号によつて被控訴人公安委員会が福井県警察本部長に委任した事務の分掌を定めたものであり、被控訴人公安委員会が申立人に弁明の機会を与え、あるいは聴問して行う運転免許の停止、取消しに関する審査の事務を指すものではない。

また、福井県公安委員会規則第一〇号第一一条(2)は福井県条例第六八号および福井県公安委員会規則第六号第一〇条により特定の場合につき県警察本部長の専決に委ねられた許可事務の内部分配を規定したもので、県警察本部が公安委員会の事務局であることの根拠とはならない。

(3) 行政不服審査法第三一条が審査庁の職員になさせることを認める事務は、相手方の陳述を聞いて記録するとか、場所の客観的状況を主観を混えずに見分し、その結果を的確に報告しうるような単純なものに限られている。ところが、本件現場踏査報告書は、本件踏切の見とおしについての評価、事案の概要、不服申立の要旨、検討結果としての停止地点の確定、 「踏切の直前」の意義、一旦停車の方法に関する論議、先行車の違法事実の有無、検挙の経緯等を総合して判断することが必要な場合に対する判断であり、まさに事案の判断そのものともいえる場合である。そうでないとしても、右書面は審査請求人たる控訴人に対する対立当事者の反論書ともいうべき関係にあり、本件現場踏査はこの点においても違法である。

(4) さらに、本件審査においては現場踏査記録は全く審査請求人である控訴人に開示されておらず、本件審査は自己に不利な証拠の反証をあげる権利を奪われた手形ということができる。

右の次第で本件審査手続の違法は明らかで、本件裁決は取消されるべきものである。

(二)  原処分の違法について

(1) 控訴人は本件踏切手前約二メートル(変形踏切であるため左側の距離はもつと遠くなる)の位置で一時停止したが、これは通常の踏切ではまさに直前というべき位置である。なお、当時控訴人が運転していた自動車はエンジンルームが運転席の前方にある形態のライトバンで、自動車の全長は約三・七メートル、先端部分から運転席までの距離は約一・五メートルであつた。

(2) 原判決は控訴人の停止した位置からと、本件踏切の手前に白ペンキで引かれていた指導線付近からとの右寄りの箇所からの軌道敷の見透しを比較したうえ、控訴人のした一時停止は踏切の直前停止にあたらないとする。しかし、右白ペンキの指導線が本件違反の当時うすれてしまつて指導線などと言えない状態であつたことはさておき、白ペンキ線上からの見透しは控訴人の停止位置からの見透しよりは多少よいかも知れないが、その中間の位置では注意看板、警報機、電柱等があるため右方の見透しはぐつと悪くなるのであつて、踏切に近づくに従つて見透しが良くなるという関係にはない。また、本件踏切とつづく道路の南西側(控訴人の進行方向から見て左側)には人家のブロツク塀と西方への通路があつて、歩行者の通行が多いため道路の左側端から少なくとも一メートルの間隔をおかなければ自動車を進行さしがたい状態にある。ところが、道路の左側端からそのような間隔をおいて白ペンキ線上に運転席が来るように自動車を停止すると、エンジンボンネツトのある普通自動車の前部は軌道敷内に入つて軌道の運行を妨害する結果になる。

(3) 被控訴人らは本件踏切直前において停止すべき位置として停止線の位置を主張しているが、道路交通法第三三条の規定によれば停止線の有無によつて停止すべき位置が異なるのであり、原判決はその点が考慮されていない。

(4) 被控訴人らは、左方の見透しの関係でも控訴人の停止位置が不適法であると主張するが、右のような主張は控訴審においてはじめてなされたもので、処分、裁決を通じて検討されたことはなく、そのような主張を今新たに主張することは許されない。

しかも、踏切北方の見透しは踏切に接近するにつれて良好となり運転者は自車の進路前方を見ていれば自然にその交通の安全を確認することができる。

(5) 踏切直前で停止すべき位置は、軌道上の安全確認が可能であるとともに、停止した自動車が軌道上の通行を妨害しない位置でなければならないが、本件踏切においては指導線の位置に自動車を停止させるとトラツクなど普通車以上の大きい自動車の場合右端が軌道上の車両と接触するのである。

このような場合、被控訴人らとしては、軌道の所有者に対し踏切番や遮断器などの設備の補充を要求して本件踏切の安全確保につとめるべきものである。

しかるに、被控訴人らはそれをしないで、運転者に無理な判断を要求し、控訴人が見えない程に消えかけたペンキ線から少し離れた位置で停止したことをもって法令違反として処分を行なうことは許されない。

3  (被控訴人らの新たな主張)

(一)  控訴人の「裁決の違法」に関する主張について

(1) 控訴人の指摘する現場踏査は裁決の審理手続における検証の範疇に属するものであり、又現場踏査記録開示の問題は、裁決手続における審理記録閲覧の問題であるが、これらの問題についてどのような取扱をするかは立法政策の問題であり、又法律に規定なき場合は裁決庁の自由裁量によるべきものである。

行政不服審査には行政訴訟と異り、行政事件訴訟法や民事訴訟法が適用されず、行政不服審査法(以下単に法という)は行政不服審査における審理手続を規定するに際し、行政不服審査制度の機能や特色を十分発揮できるようにするため行政訴訟とは異る合理的な審理手続を規定しているのである。

すなわち、審理は原則として書面審理主義であり(法第二五条本文、法第四八条)審査庁は職権で証拠を収集することができるのみならず、当事者の主張及び証拠の申出に拘束されることなく職権で探知して審理の資料とすることが出来(法第二七条、法第四八条)、本件で問題となつている現場踏査即ち検証についても審査庁が必要と認めた場合職権で行う事が出来るのみならず職権で行う場合、審査請求人に通知したり立会の機会をあたえる必要がなく(法第二九条、法第四八条)、しかも右検証については審査庁は自ら行うことなく、その庁の職員に検証させることができるのである。(法第三一条、法第四八条)。従つて本件現場踏査に公安委員が関与しておらず、現場踏査がその事務部局の職員のみによつて行われたものとして何等違法のかどはない。

(2) また、審理記録の閲覧については、審査請求の場合に限り請求人は法第三三条の要件に該当する書類その他の物件のみを閲覧する請求権が認められているにすぎず、本件の如き現場踏査記録については審査請求の場合にも閲覧請求権が認められておらず、又審査請求手続における記録閲覧請求権を認めた法三三条の規定は異議申立手続に準用されておらず(法第四八条)他に本件の如き記録を請求人に対し積極的に開示すべきことを定めた法律の規定はない。

従つて、本件記録を請求人に開示しなかつたことに何等の違法もない。

なお、本件裁決は控訴人が指摘する現場踏査記録によつてのみ行つたものではなく、右現場踏査記録中にも記載されているように控訴人立会の下に作成された実況見分調書〈証拠省略〉、取り締警察官が作成した交通事件原票〈証拠省略〉等も審査資料となつている。

(3) 本件現場踏査は、審査請求人の交通違反に関する事実関係等を明確にすることを目的として、福井県警察本部警務部企画監察課長を介して被控訴人公安委員会の指示により行なわれた。その実施者は、昭和四九年二月二三日の第一回は福井県警察本部の交通部聴問官永井勇、同部運転免許課古野登、同部同課吉田政司、警務部企画監察課林田正であり、同年三月二〇日の第二回は同本部交通部運転免許課長津田元次、同部同課古野登、警務部企画監察課長杉川武雄、同部同課林田正、同部同課山口正信であり、乙第六号証に記載されている者のうち右以外の者は補助者又は立会人である。乙第六号証は現場踏査実施者の一員である古野登が作成したものである。もつとも、同号証添付の写真報告書は福井県警察本部大野警察署杉田博視をして、撮影、作成させたものである。

(4) 右現場踏査実施者および乙第六号証の作成者はいずれも福井県公安委員会の職員である。

すなわち、警察法第三八条によれば都道府県公安委員会は都道府県警察を管理し、その権限に関する事務に関し、法令又は条例の委任に基づいて都道府県公安委員会規則を制定することができるものであり、同法第四四条によれば県公安委員会の庶務は県警察本部において処理するものと規定されており、さらに、同法第四八条によれば県警察本部長は県公安委員会の管理に服し、県警察本部の事務を統括し、所属の職員を指揮監督するものとされている。そして、福井県公安委員会規則第一〇号「福井県警察の組織に関する規則」によれば、被控訴人公安委員会の権限により処理されるべき事項についての事務をそれぞれ福井県警察本部担当課に処理させることとしている(同規則第三条(2)、第六条(7)、第一一条(2)、第一三条の三(1)、(2)、(4)、その他)。同規則第六条(7)によれば被控訴人公安委員会の行政不服審査に関することは福井県警察本部企画監察課において分掌しているのであるが、その具体的内容は福井県公安委員会規則第六号「福井県警察の行政不服審査手続に関する規則」に定められている。

右のような法令の定めに照らせば、県警察本部は行政庁の一種で独自の所掌事務を有しているが、県公安委員会には一般の行政委員会と異なり、その事務処理のための補助機関ないし執行機関としての事務局がおかれていないので、県警察本部は、独自の行政庁であると同時に県公安委員会の事務局たる性格を有し、従つて、福井県警察本部の職員は同時に県公安委員会の事務局の職員たる性格を有するものである。

(5) かりに、本件現場踏査の実施者、本件現場踏査の記録である乙第六号証の作成者が被控訴人公安委員会の職員でないとしても、本件現場踏査は福井県警察本部の職員によつて実施され乙第六号証も同本部の職員が作成したものであり、被控訴人公安委員会は本件不服審査の審理において右書証を資料としたことになる。行政不服審査の審理において、審査庁は当事者の主張、証拠の申出に拘束されることなく職権で探知して証拠を収集し、審理の資料とすることができるのであるから被控訴人公安委員会が福井県警察本部職員作成の本件現場踏査の結果を記載した書面(乙第六号証)を職権で探知して審理の資料としたとしても、なんら違法ではない。

(二)  控訴人の「処分の違法」に関する主張について

控訴人が停止した位置は道路交通法三三条一項に規定するいわゆる「踏切の直前」にあたらずと判示した原判決の判断はまことに相当である。すなわち

(1) 控訴人は控訴人が停止した位置と被控訴人らが停止すべき位置と主張する白ペンキ線の位置との中間の区間における右方の見とおしは、控訴人が停止した位置より見透しが悪く踏切に近づけば近づく程見えるという関係ではないというのであるが、控訴人の主張どおりとすれば控訴人が停止した位置から被控訴人らが停止すべき位置と主張する白ペンキの線までに至る区間は右方の見透しが悪く安全確認ができないのであるから、控訴人が停止した位置で安全を確認するだけでそのまま踏切を通過することは危険であり、安全確認が可能な被控訴人らの主張する踏切の至近距離である白ペンキ線の位置で停止しなければ踏切の直前停止と解されないことが明らかである。

なお、当時先行車が白ペンキの停止線附近で停車しており、控訴人はその二米位後方に停車したのであるから、左方の見透しは先行車にさえぎられ全く見透しが効かない状況であり、この点からも控訴人の主張する停止位置は不適法である。

(2) つぎに控訴人は運転席が白ペンキ線にくるように車を停止させるとエンジンボンネツトのある普通自動車は軌道敷内に入つてしまうし、又トラツクなど普通車以上の大きい車が白ペンキ線の位置に車の前面をおくとその右端が軌道上の車両と接触するというが、控訴人主張の如き状態が生ずる可能性があるとすれば、車両が交通法規に反し右側通行した場合であり、控訴人運転の車両が左側通行で進行しておれば控訴人主張のような状態とはなりようがない。また、本件違反当時控訴人が運転していた自動車の種類、大きさについての控訴人の主張は知らない。

なお、本件停止線が道路交通法三三条に規定する停止線でなくいわゆる指導線であることは原審における被控訴人第四回準備書面で述べたとおりである。

4  〈証拠省略〉

理由

一  当裁判所も被控訴人の本件請求は訴の利益を有する適法な請求であると判断するが、その理由は原判決第一一丁裏八行目の次に「なお、右の新たな運転免許証の有効期間は当審口頭弁論終結後に満了することが予定され、満了後さらに更新されるか否か、その場合の本件原処分の記載の有無その他各官庁における本件原処分に関する記録が廃棄されるか否かは必ずしも明らかではないが、訴の利益の判断基準時である事実審口頭弁論終結時における訴の利益の存在を基礎づける事情は原審口頭弁論終結時となんら差異はないものである。」と付加するほか原判決第一〇丁表一行目から同第一一丁裏八行目まで(「一被告両名の本案前の答弁の理由についての判断」の項全部)のとおりであるから、これを引用する。

二  本件原処分の取消事由の有無

1  本件違反行為の内容とされるものは、控訴人主張の日時場所において控訴人が本件踏切を通過する際その直前で一旦停止義務を怠つたというものであることは当事者間に争いがない。

2  〈証拠省略〉によれば次の事実が認められる。

(一)  本件踏切は東方を内側にしてわずかに湾曲してほぼ南北方向に走る(ただし本件踏切のすぐ北方で北北東方向へ湾曲している)京福電鉄越前本線(単線)の線路敷(幅員二・一二メートル)と南南西から北北東に直線に走る幅員四・四七メートルないし四・七七メートル、有効幅員三・五五メートルの全面舗装の平担な市道がほぼ二〇度の鋭角をなして交差する第三種踏切である。踏切の南南西側(すなわち後記控訴人の進行方向から見て踏切の手前側)の市道は歩車道の区別がなく中央線も引かれていなかつたが、道路のほぼ中央に舗装コンクリートの継目が走つており、それより北西側(後記控訴人の進行方向から見て左側)の有効幅員は一・八メートルであつた。右市道の左側部分の踏切の手前には所轄の警察署が白ペイントで引いた一旦停止の位置を示すための指導線があつたが、前記日時ごろは消えかけていて極めて見にくくなつていた。(右線が道路交通法第三三条第一項に規定する道路標示としての停止線でなく、指導線であることは控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)

(二)  控訴人は前記日時に普通貨物自動車(いわゆるライトバン、以下控訴人車という)を運転し、右市道を大野市方面から勝山市方向に向つて北上し本件踏切の手前にさしかかつたものであるが、前記指導線の直前で一時停止していた先行の普通貨物自動車に追つき、同自動車後部から約二メートルの間隔をおいた後方で右側車輪がほぼ前記道路中央のコンクリート舗装の継目にあたるような位置で一時停止したが、右先行車が間もなく発進したところ、控訴人車もこれに続いて発進しそのまま本件踏切を通過し、これを交通取締りにあたつていた警察官に現認された。

(三)  そこで、控訴人が一時停止していた右位置を検討する。

控訴人自身が(1)当日検挙直後に作成された交通事件原票〈証拠省略〉中の供述書甲欄においては「右側線路約二メートルで止つ」た旨供述し、(2)昭和四八年六月二五日本件違反事実についての道路交通法違反被疑事件の実況見分においては、立会人として停止位置は控訴人の進行方向から見て市道の左側端と本件踏切が交わる点(以下甲地点という)から一六・七メートル、道路中央のコンクリート継目の線と本件踏切が交わる点(以下乙地点という)から一〇・四メートル、控訴人の進行方向から見て市道の右側端と本件踏切が交わる点(以下丙地点という)から三・四メートルの各点を結ぶ線の辺に控訴人車の前端をおいて停止した旨指示し、(3)昭和四九年四月二三日本件違反事実についての道路交通法違反被告事件の検証においては停止位置は甲地点から一五・八メートル、丙地点から二・五四メートル手前である旨指示した。他方、控訴人の本件違反を現認し検挙した警察官である訴外北村孝純は(1)前記交通事件原票中の道路交通法違反現認認知報告書中において控訴人が前記指導線の約七・五メートル後方に停止した旨記載し、(2)被控訴人公安委員会が昭和四九年二月二三日、同年三月二〇日に実施した本件審査のための現場踏査の際には控訴人の停止位置は申地点から約一七・四メートル、乙地点から約一〇・三五メートル、丙地点から約四メートル各手前の地点であつた旨指示し、(3)前記検証においては控訴人の停止位置は甲地点から一八・三五メートル、丙地点から五・〇九メートル手前の地点であつた旨指示した。

そうすると、控訴人の停止位置は控訴人車の前端に線を引けば、それは丙地点から約二メートルないし五・〇九メートル手前、これを前記〈証拠省略〉の計測結果によつて甲地点からの距離に換算すれば同じく約一五・二六メートルないし一八・三五メートル手前と解することができる。また、前記〈証拠省略〉記載の計測結果によつて算出した甲点または丙点と乙点との間の距離に基づき計算すると右停止位置は少なくとも乙地点から同じく約八・二一メートルないし一一・三メートル手前と解することができる。

(四)  ところで本件踏切手前の市道上から見て北方(控訴人の進行方向から見て左前方)の軌道の見透しは前記のとおり本件踏切のすぐ北方で軌道が北北東方向に湾曲しているため良好で、右認定の控訴人の停止位置からも先行車等がない限り前記軌道上の安全確認に支障はない。なお、本件踏切手前の市道の西側の土地上には市道にそつて人家とブロツク塀があり、右踏切に近いところは空地となつている。しかし、右市道東側の軌道と市道に囲まれた踏切寄りは三角形の空地となつていてそこには電柱、踏切警報器、同制禦ボツクス二基、注意の看板等が設置されている(以下これらの物件を設置物という)ため、本件踏切手前の市道上から軌道の南方への見透しはそれらの設置物が支障となつて必ずしも良好とはいいがたい。もつとも右の電柱、警報器、制禦ボツクス、看板等は間隔を置いて設置されているので軌道上を見透すことが不可能ではなく、停止位置によつては右設置物にさえぎられて見透しが困難であるが、間隙をぬつて軌道上を南方まで見透すこともできる状況である。

原審における控訴本人尋問の結果中右(一)ないし(四)の認定に反する部分はたやすく信用できない。

3  つぎに道路交通法第三三条第一項所定の「踏切の直前」とは、道路標識等による停止線が設けられていないときは踏切の手前で踏切にごく近接した車線上、具体的には当該運転者の運転する自動車等の車体前部や積載物の前端が軌道上の交通の安全を妨げない限度で踏切の軌道敷と道路との境界線に近接した位置、またはその手前でも一、二メートル以内を指すものと解するのが相当であり、その理由は車両等の踏切直前での停止義務を定めた趣旨が踏切通過に当つて運転者に軌道横断の安全確認を励行させ軌道車との衝突等の事故を未然に防止することにある以上、 「踏切の直前」とは自車の踏切への進入に時間的空間的に接着し、軌道車の接近を視聴覚上確知し、あるいは察知できることにより自車の軌道通過の安全を確認することに一般的に最も便利とされる地点と解さざるをえないからである。

4  右の次第で、控訴人車が本件踏切を通過する前に一時停止した位置は、控訴人車の前端の線までの踏切からの距離が少なくとも市道左側端では約一五・二六メートル道路中央では約八・二一メートル、市道右側端では約二メートル、右側車輪がほぼ中央のコンクリート舗装の継目にあたるような位置であつたことは前記2に認定したとおりであるから、控訴人車の前端は最も本件踏切に近接している右前端でもなお少なくとも八メートル余の距離を残しており、それをもつて、いまだ踏切の直前で一時停止したものとはいいがたく、そこより発進し、さらに一時停止することなく本件踏切を通過した以上、控訴人が本件踏切の直前で一時停止したものとすることができないことは明らかである。

なお、本件踏切の手前には道路交通法第三三条一項に規定する道路標識等ではないが、所轄の警察署が停止位置を示すために道路上に表示し薄くなつた前記指導線があつたことは2に認定したとおりであるが、右指導線の位置が必ずしも踏切に接着したところにない場合であつても、それは本件踏切の具体的な情況を考慮してとくに前記「踏切の直前」の趣旨にそつて表示されたものと推定できるので、控訴人車が同指導線で停止した場合は一時停止したものと解することができる。ところで、右指導線の正確な位置を認定するに足りる証拠はないが、控訴人車は右指導線の直前に一時停止した普通貨物自動車の後方に停止したものであることは前記認定のとおりであるから、右指導線との関係でも控訴人が踏切の直前で停止したものと認めることはできない。

5  控訴人は本件踏切において被控訴人らが軌道所有者に対し踏切番をおくことや遮断器などの設備の充実を要求してその安全確保につとめることなく、消えかけた指導線からわずかにはなれた位置で停止した控訴人の行為を法令違反にあたるとすることは許されないと主張する。

しかしながら、本件踏切のような変形の踏切においては被控訴人らが踏切の安全確保のため軌道所有者に協力を求め、信号機の設置等必要な諸施設の充実を促し、あるいは道路標識、道路標示等を整備し、維持することの望ましいことはいうまでもないが、被控訴人らがそれを行なわないからといつて控訴人の本件違反を問うことが許されないということはできない。

その他本件違反事実を前提とする原処分に違法がある旨の控訴人の主張はいずれも採用することができない。

6  よつて、控訴人には道路交通法第三三条第一項違反の行為があつたというべきであるから、被控訴人福井県警察本部長が本件違反事実の存在を前提に控訴人の他の違反行為と併せてその累積点数が六点に達したとしてなした本件原処分には何らの違法もない。

三  本件裁決の取消事由の有無

1  控訴人は、本件裁決が本件違反行為の不存在を看過してなされたことをもつて同裁決が違法である旨主張するが、行政事件訴訟法第一〇条第二項は行政処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴を提起できる場合には、裁決の取消の訴においては処分の違法を理由として取消を求めることができない旨規定しており、右の場合の裁決取消の訴においては当該裁決固有の違法事由に限り主張することができるもので、右の固有の違法事由とは、裁決の主体、手続等の形式に関する違法を意味し、実体に関する違法を含まないものと解するのが相当であるから、本件違反行為の存否の判断に関する違法は本件裁決の取消事由としては主張自体失当である。

2  控訴人が昭和四九年二月一五日被控訴人公安委員会に対し本件原処分の審査請求の申立をなしたこと、同被控訴人が同年四月一二日右申立を棄却する旨の本件裁決をなしたこと、同年三月一二日に行なわれた被控訴人公安委員会における口頭審理の際、控訴人から同被控訴人に対し本件踏切についての適正な停止位置を明示するよう求めたことは当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉によれば次の事実が認められる。

(一)  被控訴人公安委員会は本件不服申立の審査手続において、昭和四九年三月一二日控訴人に対し口頭による意見陳述の機会を与えたほか、これに前後する同年二月二三日および同年三月二〇日の二回にわたり本件違反の現場においてなされた現場踏査の報告書を審査の資料としていた。

(二)  右現場踏査は、被控訴人公安委員会の職権による決定により行政不服審査法第三一条所定の職員による同法第二九条第一項所定の検証として行なわれたものと解さざるをえないが、第一回の昭和四九年二月二三日に参加したのは福井県警察本部交通部聴問官永井勇、同本部同部運転免許課古野登、同吉田政司、同本部警務部企画監察課林田正、大野警察署交通課長川村海一、同署巡査部長杉田博視、同署巡査北村孝純であり、第二回の同年三月二〇日に参加したのは第一回と同じ古野登、林田正、川村海一、杉田博視、北村孝純、の外福井県警察本部交通部運転免許課長津田元次、同本部警務部企画監察課長杉川武雄、同本部同部同課山口正信、大野警察署長米谷総一郎であつた。

(三)  古野登は右現場踏査の結果について、各回毎に区別することなくまとめて作成した書面に杉田博視撮影にかかる写真を添付して、これを被控訴人公安委員会へ提出し、各公安委員は同年三月二二日これに押印し決裁した。右書面の形式は福井県公安委員会規則第六号「福井県警察の行政不服審査手続きに関する規則」第一二条第二項所定の別記様式第七号の検証調書の様式とは著しく異なり、たとえば、検証官、同補助官の区別も記載からは明かでなく、同書面には前記参加者の官職氏名を実施期日毎に羅列するのみで、添付の現場見取図に作成者古野登の署名押印あるほかは検証官および検証調書作成者の記名押印と契印すら欠いており、その記載内容は現場の状況、右現場見取図、現場写真等のほかは道路交通法第三三条の解釈論、本件取締り、検挙の経過、控訴人の停車位置の事実認定、さらには総合判断としての原処分が妥当である旨の結論に関する詳細な説明等であつて、しかも、右の現場見取図と現場写真を別にすれば、その過半に及ぶものは右法解釈論、事実認定、結論たる総合判断の叙述である。

(四)  右書面作成者たる古野登は、当時福井県警察本部交通部運転免許課に所属し、行政処分担当課長補佐の地位にあり、被控訴人警察本部長が本件原処分をなすに当つても所掌課員として関与したものであるが、右書面作成にあたつては本件現場踏査の審査手続上の意義を充分理解せず、被控訴人公安委員会の決定による検証の結果、すなわち、検証官の現場認識の結果を記載したというより、むしろ、控訴人の主張と取締警察官の主張の当否を自ら判断し、さらには原処分に関与した一員としての意見をも具申せんとして右書面を作成したものということができる。右書面中の前記法解釈論、事実認定、総合判断等の記載が前記添付書面を除くと過半に及ぶことは作成者の検証についての右のような無理解に起因するものと推認せざるをえない。

(五)  本件不服審査手続において被控訴人公安委員会が審査の資料としたものは必ずしも明らかではないが、右書面を検証調書として資料とした以外は、少くとも前記口頭審理期日における密査申立人(控訴人)および審査申立代理人の意見陳述、本件違反にかかる取締り原票、同交通事件原票、警察員巡査部長杉田博視作成の実況見分調書等が資料とされたものと推認できる。しかし、口頭審理期日における意見陳述は、本件踏切における停止すべき場所を明示すべきことの要求と被控訴人公安委員会側の釈明に対する反論が主であり、本件違反当時の停車位置、踏切の状況等の事実認定に供しうる部分が少ないこと、右取締り原票、同交通事件原票記載の道路交通法違反現認知報告書の記載、実況見分調書の記載はいずれも簡単であること、それらの書類が存在することは被控訴人公安委員会には明らかであつたにもかかわらず二回にわたつて検証を実施し、前記書面が作成されていることに照らせば、右検証調書とされた書面は被控訴人公安委員会が本件審査請求を棄却した裁決を行なうにあたつての重要な決め手とも言うべき証拠となつたことが推認される。

3  そこで、右認定に基づいて本件不服審査手続における検証の適法性について検討する。

(一)  まず、行政不服審査法第三一条は「審査庁は必要があると認めるときは、その庁の職員に、同法第二九条第一項の規定による検証をさせることができる」旨定めている。そして、現法制下では都道府県公安委員会はその事務処理のための独自の補助機関、執行機関たる事務局を有しておらない。しかし、警察法第四四条は「都道府県公安委員会の庶務は警視庁又は道府県警察本部において処理する。」旨規定しており、これをうけて福井県公安委員会規則第一〇号「福井県警察の組織等に関する規則」はその第六条で福井県警察本部警務部「企画監察課においては、次の事務を分掌する。」としてその(7)で「行政不服審査に関すること。」と定め、福井県公安委員会規則第六号「福井県警察の行政不服審査手続に関する規則」は被控訴人公安委員会の行なう行政不服審査法に基づく不服申立の審査手続に関し、補助機関として福井県警察本部警務部企画監察課長が行なうべき事務の一部として具体的に、同規則第一七条に行政不服審査法第二九条第一項、第三一条の検証に関することを専決できる旨規定している。これに照らせば、福井県警察本部警務部企画監察課長たる職員は、行政不服審査法第三一条の適用上被控訴人公安委員会の職員たる地位にあるものと解するのが相当である。そして、前記〈証拠省略〉によれば右規則に規定する同職員の分掌事務は警察法第四四条にいう「庶務」の域を逸脱して公安委員会の権限を侵すものとは解しえない。よつて、被控訴人公安委員会が自ら検証を行なわなかつたとしても、それが右規則に則り福井県警察本部の所定の職員によつて行なわれている限り、その点において違法はない。

右の判断に反する控訴人の見解は採用できない。

しかし、本件検証を実施したのが果して福井県警察本部警務部企画監察課長と課員のみであつたのか、また、福井県警察本部職員中の誰であつたのかは必ずしも明らかではない。すなわち、右二回にわたる検証には2(二)記載のとおりの警察官が参加したが、前記書面には検証官、同補助官、立会人の区別なくそれらの者の官職氏名が羅列されているのみで、右書面中の検証結果の記載と目しうる部分から前記警察官北村孝純が立会人であつたことがうかがわれるが、その余の大野警察署所属の警察官が検証官でなかつたことを示す確実な証拠はなく、わずかに当審証人古野登がこれにそう供述をしているのみであり、右供述はその余の部分の信用性に照らしいまだ信用できない。また、同証人は第一回検証の検証官は永井勇、林田正および自分、第二回検証の検証官は津田元次、杉川武雄、林田正および自分である旨述べているが、その供述も「自分はそう思う。」「実質上の実施者(検証官)である。」等検証官の認識の結果を記載すべき検証調書の作成者としては、はなはだあいまいな内容であってたやすく信用できず、他に各検証ごとに特定の検証官が定められていたことを認めるに足りる証拠がない以上、本件検証における検証官の存否すら大いに疑わしい。

そうすると、何びとが現場の状況を認識したのか不明な本件検証、並びにそれについて作成された前記書面をその検証調書とすることは違法といわざるをえない。

(二)  さらに、行政不服審査法が検証を審査庁の職員に行なわせることができる旨定めているが、それはその職員による事物の状況、現象等の認識結果を検証調書として報告せしめることによつて、それを証拠資料となさんとするものであつて、その認識結果を他の証拠資料と対比してその証明力を考え、それら資料を取捨選択して行なう事実認定、これに適用すべき法令の解釈、総合判断の結果としての原処分の相当の判断等はこれに含まれないことは明らかである。しかるに、本件検証調書には検証の結果と目しうる部分はあるが、また、事実認定、法令の解釈論、原処分の相当性の記述が半分以上含まれていることは2(三)に認定したとおりである。そして、検証調書に右のような記載がなされる至つたのは検証調書作成者が、控訴人の主張の当否について判断し、さらには原処分に関与した者としての意見を表明することを目的として作成したことによると推認されることは2(四)説示のとおりである。行政不服審査法第三一条が審査庁の職員に行なわせることを認める審査手続きを検証、審査請求人もしくは参加人の意見陳述の聴取、それらの者の審尋、参考人の陳述の聴取に限定しており、事実認定、法令の解釈、原処分の相当性の判断等は職員に委譲することのできない審査庁の職務である。審査庁が裁決にあたつてその職員に法令を調査させ、事実認定、法令の適用および裁決の結論について草案を起案させることは許されるところであり、また、原処分庁が弁明書を提出し、あるいは処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件を提出することができることは法の定めるところであるから原処分庁である被控訴人警察本部長提出の現場踏査の報告書としてならばとにかく、審査庁である被控訴人公安委員会の職員が検証の結果と称して事実認定、法令の解釈、裁決の結論について記述し、その意見を述べることは違法であり、ましてや、たまたま原処分に関与した前記書面の作成者が、原処分関与者としての意見を表明することをも兼ねた検証調書を作成することはありうべからざることである。

(三)  前記書面を本件検証調書とすればその形式においても前記公安委員会規則第六号の第一二条第二項所定の別記様式第七号に反し、検証官、作成者の記名押印をも欠くものであることは2(三)認定のとおりであり、この点もまた違法というほかない。

以上のとおり本件検証は、その主体から見ても、内容からみても、また、その検証調書の形式からみても行政不服審査法第三一条にいう検証並びにその検証調書としては違法なものであるところ、2(五)認定のとおり右書面は本件裁決にあたつて決め手ともいうべき重要な証拠であつたものと推認できるから、本件裁決の手続きには重大な違法があつたものといわざるをえず、本件裁決の取消を求める控訴人の請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がある。

5  被控訴人公安委員会は、行政不服審査手続においては審査庁が職権をもつて証拠を探知し、審理の資料としうるのであるから、たとえ本件検証が手続上違法で、その情況を記載した前記書面(乙第六号証)をその検証調書とすることができないとしても、福井県警察本部職員の作成にかかる現場踏査の報告書ということができるとして職権探知し、審理の資料とすることは許されなければならないと主張する。しかし、一たん審査庁が職員をして行なわしめた検証としての現場踏査について作成された書面を審理の資料としておきながら、裁決取消の訴訟中にその検証の違法性が明らかになつたからといつて、その調書を職権探知した書証として扱うことには問題がある。行政不服審査手続法による審査庁は法的手続によつて、証拠に基づいて事実を認定しそれに法令を適用し、行政の目的に照らして当不当を判断し裁決をするのであり、右手続は書面審理によるものとされ、また、職権探知が認められている。しかし、その故に、審査手続における証拠調べ手続きについて作成された書面が重大な瑕疵のためその証拠調べの調書としては証拠能力を欠く無効のものというべき場合に、たまたま、その書面を職権で探知した資料として直ちに事実認定の証拠となしうるものとすれば、行政不服審査法の規定はたやすく無視される結果となつて、審査手続の適正は維持されないこととなるから、被控訴人公安委員会の右主張は採用できない。

なお、当裁判所は右書面(乙第六号証)を原処分の取消事由の有無を判断するにあたつて証拠としているが、右書面は書証として当裁判所に提出されたものであり、その作成者が明らかに認定できる以上、その証明力の程度は別として、これを書証として事実認定の証拠に利用することが許されることはいうまでもない。

6  本件原処分の取消を求める控訴人の請求が理由のないことは二に説示したとおりである。

そして、右原処分取消請求を棄却した原判決が確定し、原処分について違法性のなかつたことについて既判力が発生しても、本件判決によつて本件裁決を取消された被控訴人公安委員会が行政事件訴訟法第三三条第二項により改めて裁決をなすにあたつては右既判力に拘束されることなく独自の権限に基づいて原処分を取消しうるのであり、本件判決による取消後の再度の裁決にあたつて改めて各種の証拠調べをした結果原処分取消の結論に適する可能性もないとは言えないから、当裁判所において本件原処分取消請求の理由がないとの結論に至つたからといつて、本件裁決を取消す実益なしとして本件裁決取消請求を棄却すべきではない。

四  以上のとおりであるから、原判決中被控訴人警察本部長に対する運転免許停止処分取消請求を棄却した部分は正当であつて、右部分に対する控訴は理由がないが、被控訴人公安委員会に対する審査請求棄却処分取消請求を棄却した部分は失当であるから、同部分を取消し、右請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例